ドライブスルーゴールイン

 

 

「ラスベガスってさ、ドライブスルーで結婚できるらしいよ。」

 

柔らかい陽光が仄かにさすリビングで、何ともなしに隣の男が呟いた。飲みかけのアイスコーヒーは氷が殆ど溶けかかり、コップが汗でびっしょりになっている。啓司は水滴が他に落ちないようにティッシュで手早く周りを拭き、分離した茶色と透明をクルクル掻き回しながら、ズズ、と薄くなった液体を吸い上げた。

 

「この芸人まじ久々に見たわ。」

「あー、なんかやらかしてなかった?」

「そうなん? 芸能俺より詳しくない人間が知ってんの珍し。」

「結構話題になってたし。ニュース見てたら分かるわ。」

「へー。…てかさっきのまじ?」

「え、今?」

 

後ろのソファから呆れたような声がした。特に何も返さず、繰り返し流れる色とりどりのCMをぼんやりと見つめる。防虫用品の宣伝がちらほら混じってきた事にウンザリしていると、さっきからスマホをポチポチしていた洋平が突然目の前に画面を突き出してきた。

 

「ん。あゆもブリちゃんもやってるぽい。ドライブスルーかは知らんけど。」

「…えー、すご。てかあゆラスベガスで結婚してたの、ぽすぎん?」

「わかる。」

 

赤、白、青、ピンク、黄、スポーツカー。画面いっぱいに広がる幸せの代名詞が、網膜を刺激する。さっきのCMとはまた違った意味で、少々うんざりする。うんざりというか、胃もたれというか。

 

「洋平はさ、これ見てどう思う?」

「まぁ、ふつーに幸せそうだなーって。」

「てかさぁ、ラスベガスで結婚式できる時点で勝ち組だろ。」

「それはそうだけど。まぁでも一つあるのは、なんでドライブスルーでしようと思った? っていう。」

「それ言ったら終わりだろ。」

「いやだって、そこら辺の結婚式場でも出来んのに、なんでわざわざ? もしかしたらその人達なりの浪漫だったとしても、ドライブスルーの浪漫ってなに?」

「わかんねーよ。経験したら、『今までしてきた人の気持ちが分かった…!』ってなる可能性もあるし。」

「100ないわ。」

 

そもそもドライブスルーで結婚する為にラスベガスへ行くということ自体、あまりにも現実味がなさすぎるのだが。啓司は残りのコーヒーを呆気なく吸い込み、パンくずの乗った平皿と一緒にシンクへ持っていく。洋平の皿にはパンの耳が乗っていたのでそのままにしておく。いつも耳だけ残して、俺はまだ食べ終えてないと暗に主張するのだ。啓司は洋平のそういう変に意固地な所が、案外嫌いではなかった。

 

「啓司はさ、どう思ったわけ?」

 

洗い桶に新しく水を入れていると、背後から洋平が聞いてきた。夏場は食器を溜めているとすぐに虫が湧くのでこまめに洗うように気をつけなければならない。今しがた使用した食器を泡まみれにしながら、さっきの画像を思い返してみる。

 

「とりあえず、羨ましいっていうのはある。」

「結婚が? ラスベガスが?」

「どっちも。だってその二つ掛け合わせたら、どこにも勝てるやついねーじゃん。」

「最強のコンビってやつ?」

「そー。絶対に浮かれポンチのドセレブにしかできないの。そういうの、めちゃくちゃ羨ましくね?だって俺らは『浮』も『ド』もカケラも待ち合わせてないわけよ。そもそもできねーし。」

「ラスベガスは同性婚オッケーだよ。」

「…でもあと『浮』と『ド』が足りんだろ。」

「まぁ。」

 

手の水気をしっかり切り、また新しくアイスコーヒーを入れる為にコップを取り出す。作り置きしている水出しコーヒーが切れそうだ。また新しいのを作っておかなければならない。並々と注がれた液体を片手にソファへ戻ると、洋平は何やら思案しているようだった。定位置の左側に腰掛け、スマホTwitterを開く。今日も世界では色々な事が起こっているらしい。最近は物価上昇が止まる事を知らず、毎回スーパーへ行く際はビクビクしている。株価の相場も見てみたが、相変わらずのようだった。変わらない空間で、目まぐるしく変わってゆく小さな画面を追い続けていると、先程まで深く考え込んでいた様子だった洋平が真っ直ぐこちらを見ていることに気が付いた。

 

「何?」

「もしよ。もしさ、ラスベガスに行こうっていったら、どうする?」

「は?」

「いや、別に今すぐってわけじゃないけど。もし、いつか行けたらの話だけど。」

「いやそりゃ…え、お前本気で言ってる?」

「本気って書いてマジって読むぐらいには。」

「えー…ちょっと待って。あまりにも突破すぎて頭追いついてないわ。」

「ちなみに俺も追いついてない。」

「お前は追いつけよ。

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ、俺今もしかしてプロポーズされた?」

「え、今?」